ある社長の遺言
遺言とは、死後において自分の意思を反映させることができる数少ない法的手段の一つです。必要だとは頭では分かっているけど、実際に遺言作成という行動に移す方は、数少ないものです。私が経験した、ある会社の社長の遺言にまつわる話をお伝えします。
税理士さんに紹介されてお会いした従業員20名ほどを抱えるその会社の社長は、60代前半の創業者で、会社の株式を100%保有していました。後継者(子供がいなかったため親族外の社員)を育成中であるとの話を伺い、相続人調査したところ、親族関係が少し複雑なこともあり、もしものことがあったときに遺言が無ければ、株式や会社資産の相続の問題で会社の存続が危ぶまれる事態に陥る可能性があることが想定されました。このことを説明したうえで、人間いつどのようなことがあるか分かりませんから現時点でベターと思える遺言を早急に作成した方がいい旨を進言しましたが、理解は示すものの現在は元気だし、いずれはちゃんとしたものを作りたいとのことでした。
そのことがあって半年後、社長の体調が思わしくないため病院で検査を受けたところ、処置できないほど病気が進行しており、即入院。余命宣告を奥様が受けたものの、内容は社長に告げられぬまま病床にありました。奥様から連絡を受けた私たち専門家や銀行担当者は、すぐさま遺言を作成しましょうと訴えましたが、仕事に復帰できると信じて闘病している夫にそんなことは言えないと号泣されましたので、それ以上強くは言えませんでした。結局、何の手も打てないままその社長はお亡くなりになりました。懸念したとおり相続でトラブルに発展し、ごたごたした会社は業績が急激に悪化し、櫛の歯が欠けるように従業員も辞めていき、最終的には…。
遺言作成には、タイミングというものがあり、時機を逸すると大変なことになる典型例です。普通に考えて、入院中に遺言を書けと周りは言えるものではありません。年齢は関係なく、元気なときにまずは一度作成する、ことが肝要と思います。変更はいつでもできますので。
BisNavi201512月号掲載